ついに邪馬台国論争に決着がつくのか!
注目のニュースが発表されました、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡
(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)が卑弥呼の鏡である
可能性が高いというニュースについて、詳しく調べてみました。
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の出土したダンワラ古墳ってどんな古墳?
ダンワラ古墳というのは、大分県日田市日高町にあった古墳です。
あったと言うように過去形になっているのは、1933年(昭和8年)、国鉄久大本線豊後
三芳駅付近で線路の盛土を採集している際に、古墳自体が破壊されてしまい、
なんと、すでになくなっています。
通常、発見から調査への時間というのは、あまり時間をおかずに実施するものなのですが、
おそらく、戦前のことであることもあり、発掘どころではなかったのでしょう。
本格的に調査が始まったのは、戦後になって1962年(昭和37年)に、梅原末治という方によって
その価値が見いだされ、古墳の発見者の渡辺音吉の案内による現地調査が行われました。
その結果、日田市日高町の通称ダンワラと呼ばれる場所から出土したものと判断され、
その場所がダンワラ古墳と呼ばれるようになりました。
ただし、発見から調査までの間に約30年が経過しており、この古墳は線路工事によって発見時に
破壊されていたため、ダンワラ古墳が実際の出土地であったかどうかは確かではありません。
仕方が無いのかもしれませんね。時代背景もあるでしょうし。
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡ってそもそもどんなもの?
写真は下記のようなものですね。よくある卑弥呼の時代の鏡のイメージに
とっても近いですよね。1933(昭和8)年に鉄道の線路工事で見つかったとされていて、
出土状況の確実な情報はなんとありません!考古学者の梅原末治氏が63年に発表、
64年に国の重要文化財に指定されています。
https://twitter.com/S_NISHIKAWA/status/1213035838109433856?s=20
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が卑弥呼の鏡って誰が言っているの?
しかしまあ、随分前に発掘された鏡なのに、なぜ、今頃、卑弥呼の鏡なんて話に
なっているんでしょう。これには、中国の研究者の方の発言が深く関わっています。
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が卑弥呼の鏡と言っているのは、「三国志の英雄」として知られる
曹操(155~220年)の墓「曹操高陵」を発掘した中国・河南省文物考古研究院の
潘偉斌(ハン・イヒン)さんです。右側の写真の方ですね。
日本にも度々来られて講演会を行ったりしているようです。
昨日は九州国立博物館の特別展「三国志」の記念講演会があり、同展の目玉、中国・曹操高陵(曹操の墓)の副葬品を発掘した河南省文物考古研究院の潘偉斌(ハン・イヒン)さんが講演。潘さんは早くからこれは曹操の墓だと主張したものの認められず、テレビの取材を使ってPRしたとのこと。したたかだ。 pic.twitter.com/v6gvelKqSK
— 今井邦彦 Kunihiko Imai (@imaikuni) December 15, 2019
以前から、中国で発見された鏡と大分で発見される鏡の類似点については
注目されているようで。
2008年に曹操の墓と確認された「曹操高陵」から出土した鉄鏡について、河南省文物考古研究院の潘偉斌研究員…「画像でみる限り、文様も装飾も日本の大分県日田市から出土したという鏡に酷似している。直径も21センチでほぼ同じ大きさだ」と興奮気味に語った。 https://t.co/inNxha16nF
— khiikiat (@khiikiat) September 6, 2019
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が卑弥呼の鏡だとおっしゃっているようです。
佐賀新聞の記事によると
卑弥呼がもらった鏡は、邪馬台国の謎を解明する重要な鍵とされており、今回の指摘は邪馬台国論争に一石を投じそうだ。
ダンワラ古墳の鉄鏡は直径21・1センチ。鉄の鏡体の背面に金や銀を埋め込む象眼「金銀錯」が施され、朱色のうるしで彩色した珠がはめ込まれている。手足の長い龍のような怪獣が多数描かれ、銘文は「長冝■孫」(欠落部分の■は「子」と推測される)の四文字が刻んである。九州国立博物館が管理している。
潘氏は、九州国立博物館でダンワラ古墳出土鉄鏡を確認した上で「金錯や銀錯が施される鏡は王宮関係に限られる。この鏡は国宝級の貴重なものであり、公式なルートで日本に伝わったと考えられる」と述べた。
「魏志倭人伝」は、景初3(239)年に卑弥呼の使いが魏の皇帝から「銅鏡百枚」を下賜されたと記している。ダンワラ古墳の鏡は鉄製だが、潘氏は「倭人伝が『銅鏡』と表現したのは、鏡の総称として用いたのだろう。そこに鉄鏡が含まれても不自然ではない」と解説した。「魏の側からすれば、最高の品質の鉄鏡を贈ることで、倭に工業技術の高さを示そうとしたのだろう」と推測する。
潘氏は、九州国立博物館で開催中の特別展「三国志」のために来日し、九州大学、東京国立博物館、九州国立博物館の研究者らとともに、ダンワラ古墳出土鉄鏡と、曹操墓出土鉄鏡の共通点などを議論した。
二つの鉄鏡も直径が21センチと同一で、曹操墓の鉄鏡もX線調査の結果、金錯が確認できた。研究者らは「いずれも2~3世紀の中国において『御物』など最高級に位置付けられる貴重な鏡である」という見方で一致した。
出典:佐賀新聞
うーん、地元の佐賀新聞が書いた、地元ひいきの記事って話も、なくはないんですよね。
これだけでは、卑弥呼はどこにいたのか?ひいては、邪馬台国はどこにあったのかについての
決着は、すぐにはつかないかもしれませんね。引き続き、研究職の皆様の頑張りに期待しましょう。